非正規労働者めぐろくみこのブログ

非正規労働者が日々感じていることを書いたログです。

首相官邸の前で

渋谷のアップルリンクという小さい映画館で慶應大学総合学部教授の小熊英二氏の「首相官邸の前で」という映画を見た。

この映画は、3.11東日本大震災福島原発事故後、日本国民が原発政策に抗議するデモの様子を紹介している映画である。
最初、マスコミは原発デモを報道しなかった。
しかし、当時You Tubeでupしていたデモの映像を小熊氏がネットで調べ、その撮影した人達に連絡をとり、使用の了解を取ったうえで映画にした。

3.11の地震発生から、当時の首相菅直人氏をはじめ、実際被災された女性、日本在住のオランダ人、原発デモを始めた人たちなどのインタビューをはさんでいる。
東日本大震災後、福島原発で何が起こったか。
これらの経過を時系列に、ポイントを押さえた情報と、You Tubeでupされたデモの映像、さらにインタビューの映像などで紹介し、わかりやすく編集されている。
全体に映画のつくりはフラットで、音楽も感情移入し過ぎない、シンプルなつくりだが、とても興味深く見ることができた。

監督は、あと20年たった時、東日本大震災原発事故、さらに原発禁止デモも忘れられてしまうかもしれない。
だから、社会学者でもある自分が、今のうちに映像として残したかったという。

どの映像も、デモに参加している人たちが生き生きとしていて、表情が美しい。

特に圧巻なのは、夜の首相官邸前に集まった人たちを上空から撮った映像である。
官邸前の道路に埋め尽くされた人々の姿が、夜の闇の中で光の河となって流れていく。
光の一つ一つに、それぞれの思いがあり、そしてその一つ一つの灯りがかけがえのない命だと思う。

私たちは、日々テレビの映像を見て、世の中の出来事を知ってきた。
これは放送する側が、加工した一方的に編集された映像だった。
しかし、この映画で使われたYou Tubeの映像は、どれもがつくり物でない、今まさに起きている現実を切り取っている。
それは今まで見たことのないもっと生々しい現実の姿で、それが心に迫ってくる。

日本人は本来自分の感情を表すことが下手で、、自分の意見を言うことが苦手な民族だと思われていた。
しかし、日本人の表情は、こんなに豊かだったのかと、驚かされる。

そして、被災者の主婦の言葉や、元原発関係者の証言、今までこうした運動に参加したことがなかったごく普通の人たちのスピーチがたどたどしく、時に言葉に詰まっても、その言葉に強い思いが込められていて、説得力を持ち、その真摯な姿に自分でも知らないうちに涙が出てきた。

私はこうした人間のむき出しの強い感情を忘れていたように思う。
そしてそういう映像を久しく見たことがない。
演技でもなく、やらせでもない、生身の人間の喜怒哀楽の表情を。

この映画は、福島原発事故によって、今まで知らなかった多くの現実や日本社会の問題をえぐりだす結果になっている。
そして、その後につながる様々なデモへと続く市民運動のきっかけともなり、何か予感的な、象徴的な出来事になったように思う。

映画の最後は、デモの代表者と当時の与党、民主党関係者と会談し、脱原発の方向へと舵を取るかと思われた。
しかし、民主党はその後、福島原発の危機管理の甘さ、政権与党としての仕切りの悪さから、その後総選挙で自民党に大敗してしまう。

一歩進んだかに思えた脱原発自民党政権によって大きく後退して、この映画は終わる。

私はこの映画を見て、日本に生まれてよかったと思う。
いくら国民の民意とかけ離れた政策が通っても、それによって反政府軍ができて内線状態になる、ということはない。
祖国を捨て、皆が難民となり、命がけで国を出ていく国民はいない。
他国軍が来て、代理戦争となったり、様々な勢力が内戦に参加することもない。

街も道路も清潔で整然としている。
暴動を起こすこともなく、どんな場所でも皆きちんと並ぶ。

だからどのデモも列を乱すこともなく、粛々と進む。
これは日本の市民社会の成熟なのか、国民性によるものなのだろうか。

福島原発デモは、日本の市民運動の中で一つの転換点となった。
しかし、大部分の日本人はそれに気が付いていない。
私はこの映画を、多くの人に見てほしいと思う。
ごく一部の日本人がこうやってデモを行ってきたことを。
この映画を知っている人、見た人は残念ながらごくわずかだろう。
だから記録に残そうと思った監督のまっすぐな思いが詰まっている映画だ。
報道されなかったこと、知らなかったことはなかったことにされてしまう。
ネットは拡散されて広がるが、蓄積されることはない。

この映画を海外の人たちや、毎日の生活でくたくたに疲れている人たちに見てほしいと思う。
新聞も読まず、主なニュースはテレビのニュースやワイドショー、電車の中刷り広告やスマホのYahooトピックスでしか見ない人たち。
福島原発事故で、日本で起こったデモのことを知ってほしい。
そして、いま日本で何が起こっているか知ってほしい。

日本はどんな国になれば、みんなが安心して不安のない生活が送れるようになるだろうか。
自分たちの命や安全は、国から与えられるものでない。
私たちが考えて、声を上げていかなければならない時代になった。
ネットやTwitterSNSの興隆は、新聞やテレビをはじめととするマスメディアの衰退を露わにした。

気が付いたら、自分たちのいのちやくらしは、踏みにじられている、と感じているのは私だけだろうか。