非正規労働者めぐろくみこのブログ

非正規労働者が日々感じていることを書いたログです。

清掃の現場

新しいオフィスビルの清掃の現場は、1人現場ではなく、男女1人ずつ、2人で作業する現場である。
朝6時半から10時まで、3時間半だが、短時間の割には仕事量が多い。
最初に説明を受けた営業部員と実際の担当の営業部員が違っていたのだ。
それで、最初の契約内容や作業時間が違う、とクレームをつけて、月曜から金曜まで、6時半から10時までの仕事の内容も変更となった。
曜日によって変則的なので、そういう仕事のやり方はできない、と言ったのだった。

最初に担当営業にクレームを言った時、「そんな短時間の募集では、男の人は来ませんよ。」と、ちょっと嫌味っぽく言うと、営業の田中さんは、「いや、来ますよ」とムキになって言い返したのだった。

募集をかけても、結局来なかったようだ。

仕方ないので、今まで他の現場で清掃をしていた男の人が来た。
サキタさんという、70歳の男の人だ。

前は出版関係のビルの清掃をしていたそうだ。
出版社だから編集者はそんなに早く出社せず、朝7時から10時まで、途中30分くらいは休憩が取れてのんびり仕事が出来たという。
ところがその出版社が引っ越したので、その仕事がなくなった。
が、他の現場の人が怪我をしたのでその現場に手伝いに行ったそうだ。

サキタさんが言うには、
「オレはよぅ、最初シルバー人材センターからこの会社の仕事を紹介されて、時給960円だったんだよ。
 でも最初の現場は身体が楽だったから、960円でいいと思った。
 新しい所を紹介された時に、時給1000円にしてくれ、と言ったら、営業部員が黙っちゃったんだよね。
 で、9日間現場で仕事をしたんだけど、まだ振込されてないから、いくらになったかわかんないんだよ。」
その9日間の短期の仕事が終わって、この現場に派遣されたらしい。
ところがこの現場の仕事は70歳の男の人の仕事にしては結構ハードである。

この現場の仕事もやはり下請けである。
前に下請けをしていた清掃会社は小さい会社で、朝6時ぐらいから2人で清掃をし、さらにその後、清掃会社の社長も出て来て清掃を手伝っていたらしい。
清掃の他にビルの電球交換などもやっていた。

少しのんびり仕事をする人や、年を取った人にはキツイ現場だと思う。
男の人は、月、水、金の3日は3時間半で、3フロアのオフィスの掃除機掛けとフロア内のゴミ集め、さらに机拭き、給湯室のゴミ出し。
フロアは縦にというのか、横にだだっ広く、各机のゴミ箱のゴミ集めも大変で、さらに給湯器には毎日ペットボトル、カン、ビン、燃えないごみ、燃えるゴミなどが大量にでる。
オフィスのフロア内はパソコンやシュレッダー、サーバーなどの電気機器の配線があり、そして各人の机周りや机下には個人の私物や仕事関係の資料などがそこここに置かれ、掃除機掛けも体力勝負である。
広いフロアに長い延長コードをつけて掃除機をかけるが、どこに電気の差込口があるか確認しながらやるので、コードさばきで掃除の時間は10分、20分違うという。
慣れるまでは大変である。
火、木は2フロアのオフィスの掃除機掛けと同じくゴミ出し。
仕事はフロアは違っても、月・水・金と同じである。
そして月から金曜まで1階入り口の共用部分や各階のエレベーターホールの掃除機掛け、入り口エントランスの扉などの清掃、ビル周辺の掃除、最後にゴミ捨てなどがある。

サキタさんは最初来た時から足が痛い、と言っていて、神経痛や膝などに故障があり、歩くことはできるが、日常的に足が痛いそうだ。
だから仕事を始める前に屈伸運動やアキレス腱を伸ばす運動をしたりしていた。
最初の日に仕事を終えると、この仕事はハードで、とても時給960円の仕事ではないと言っていた。
さらに、土曜日も1時間だけ来て、1フロアだけのゴミ出しや共用部分の清掃、ビル周辺の掃除などがあった。

サキタさんは仕事に不満があって、その不満は仕事に対して時給が安すぎること、さらに土曜の仕事が朝6時開始で7時に終了するが、6時に行くために2時間前に早起きするのが無駄だと言っていた。

土曜日に営業の田中さんが来て、仕事の段取りを説明したらしいが、その時に田中さんの上司の大林さんがいたので、時給のことや土曜の仕事などいろいろ意見したらしい。

サキタさんは、
「年金があるから食えるんだけど、暇だし、なにもしないのもいけないから、仕事はしたいんだけど、時給960円は困る。
1000円にしてくれ、と言ってあるの。
とりあえず今月末までやりますよ、とは言ってあるけど、後は相手待ちだね。」
と言う。

確かに年金が出て、ギリギリ生活はできるだろうが、それでも身体が動くうちは働きたい、というのが本音だろう。

清掃の仕事は、「皆が嫌がる汚い仕事」なので、若い人はなかなか集まらない。
こういう仕事をする人たちは、夫が定年退職して一日家にいるのがうっとおしい、というので60代ぐらいの主婦が働いていたりする。
そして、そういう人たちは、子どもたちは独立し、自宅もあり、夫の年金もある。
さらに子供や孫達ののためにいろいろ面倒を見たり、金銭的にも援助したいと考えている。
年に数回遊びに来る孫たちに小遣いをやったり、ごちそうを出したい。
そして、自分の子供達があまりに貧しいことに親は気がついている。
それなりの教育を受けさせ、それなりの会社に勤めているはずなのになんでこんなに貧しいんだろう、と話している年配の人を知っている。
これでは孫達は十分な教育を受けさせることができないのではないか、と思っている。
ある新聞を読んでいたら、高齢で著名な大学の教授だったかが、「子どもたちにはそれなりの大学に行かせて、それなりの大企業に勤めているが、うちに遊びに来るといつも洋服はユニクロを着ている。
お金がないので、普段着はそんなにお金を掛けられないようだが、そんなふうで孫たちに十分な教育を受けさせられるのか、不安だ。」と書いてあった。

清掃の仕事はこういう高齢者が多く、多くはシルバー人材センターから仕事を紹介されて来る。
そういう人たちの時給は950円、960円である。

私がこの清掃会社の仕事を見つけたのはフリーの求人雑誌だった。
そこには時給1100円と書いてあった。

だからこの仕事を始めた頃、大林部長から「時給の話はしないように」と言われていた。
それは、同じ仕事であっても、契約内容がバラバラだったからだ。

その後、サキタさんは今の現場に来て、『時給1000円にしてくれ」と営業に交渉した時、「今まではいくらでしたか?」と聞かれ「960円」と答えると、
「じゃあ、960円ですね。』と言われたらしい。

よく考えてみると、清掃の現場の仕事はそれぞれ違うので、その人の時給で決まるのはおかしい。
結局、なぜそんなことになるかと言えば、この清掃会社が下請け、孫請けの仕事の現場しかないからだろう。

直で仕事を取って来られる会社は、おいしい仕事以外はみんな下請けに丸投げし、その分手数料をかなり抜き、さらにその下請けが自分の利益を先に取るので、結局末端労働者は足元を見られて、安い賃金で働かされる。

清掃の仕事はこうしたシルバー層や非正規労働者によって支えられている。
考えてみると、人をバカにした話である。

サキタさんは確かに老人で、「動作が遅い」と営長の田中さんや仕事を教えていた塩田さんというベテランの清掃の女の人が言っていた。
しかし、サキタさんがなぜこんなに不平不満を言うのか、それはこの会社の田中さんや塩田さんがサキタさんの人格を軽んじ、内心では馬鹿にしていることをサキタさんは敏感に感じているからだろう。
そして、そいういうサキタさんの気持ちを、この清掃会社の人達は気が付いていないのかもしれない。

この清掃会社がなんでいつも下請け、孫請けの仕事しか取って来られないのか。
若い人たちがどんどん辞めていき、ろくな人材がおらず、いつも現場で事故が多いのはなぜなのか。
会社の質は、その会社の業績に端的に現れて、それはその会社の社員の人間の質とどうも比例しているように思う。
しかし、そういうことにこの会社の人たちは決して気がついてはいないんだろう。