非正規労働者めぐろくみこのブログ

非正規労働者が日々感じていることを書いたログです。

監督失格 (ネタばれ)

監督失格」は、AV監督平野勝之とかつて恋人だったAV女優林由美香との出会いと別れを撮った映画だ。
私はこの映画を見るまで、この監督も女優も知らなかったが、AV界では林由美香は今でも人気のあるAV女優であるらしい。
出会いは当時すでに人気女優であった由美香の映画を新人の平野監督が撮影したのがはじまりである。
その後、二人で北海道礼文島まで自転車旅行をするドキュメンタリー映画「自転車不倫野宿ツアー由美香」を制作した。
このときのフィルムで、撮るべき画のタイミングをのがす平野を「監督失格だね」と由美香が笑う。
そして、この映画制作後、二人は別れてしまう。
別れた後の二人は、つかず離れずの関係で、節目節目に平野は由美香をフィルムにおさめている。
それを由美香の母親は「まるで由美香が張り付いているようだ」と言う。
監督は由美香の35歳の誕生日の前日に由美香のマンションを訪ねる。
約束をしていたはずなのに、何度チャイムを押しても由美香は現れない。
胸騒ぎがした監督は、由美香の母親に連絡し、合鍵で由美香の部屋に入る。
カメラはずっと、由美香のマンションの玄関から見える廊下とわずかに見えるその奥にある部屋の入り口が映し出されている。
やがてその部屋に入った母親の叫び声と、部屋から出てきた母親の慟哭、由美香の愛犬が延々と映し出される。
由美香の死因は、睡眠薬とアルコールによる事故死であるという。
深夜、遺体を引き取る車がマンションの前に到着する。
道路にシミのようにポツポツと広がっていく雨滴が、夏の夜の熱気と肌に張り付くような湿り気とともに、死のにおいを連想させる。
この夜におさめられたフィルムは、由美香の母親と監督の間で交わされた約束で、封印されることになった。
その後、5年間、監督は何もすることができなかった。
5年がたち、由美香の母親から連絡があり、この封印が解かれた。
監督は由美香の映画を作ろうと思った。
しかし、監督はどうしてもこの映画のラストシーンを書くことができず、完成させることができない。
監督はその時、ひどい腰痛に悩まされ、洋服の上からコルセットをし、歩くことはおろか、立ち上がることさえできないあり様だった。
そしてその時、監督はやっと気付くのだった。
ラストシーンが書けないのは、監督が由美香と別れたくないからだ。
別れられないのは、由美香にまだ想いが残っていて、強く執着していたからで、張り付いていたのは由美香ではなく、監督の方だった。
その想いにやっと気がついた監督は号泣する。
このあたりで私もダーダーと涙が出てきて止まらなくなる。
監督は腰痛に耐え、誰の手も借りずに自転車を階段からおろす。
画面はピントがずれ、画面が揺れ、そして監督は深夜、自転車を泣きながら漕ぐ。
この映画は前半の自転車旅行の撮影では、まるでプライベートフィルムのようだし、映像はお世辞にも美しいカメラワークとは言い難い。
しかし、ピントがずれた画面、斜めになった画面から作りこんだ現実ではなく、むき出しの現実が現れ、心に強く突き刺さってくる。
由美香は監督に「もう私からは離れなさい。そしてあなたはあなたの人生を歩きなさい」と言いたかったのではないか。
そして、封印されたその5年の年月に、監督の孤独と寂しさを思う。
肉体の痛みと心の痛み、その二つの痛みによって、監督はやっと由美香と別れることができた。
ヒトの一生は、「愛した記憶と愛された記憶」この二つだけで、それ以上でもなければそれ以下でもない、とこの映画を見ながら思った。
やがて、タイトルバックが現れると、矢野顕子のどこにもとがったところがなく、丸く甲高い声で「しあわせの、ばかたれ」の歌が流れる。
ダーダーと流れている涙の中で、「矢野顕子の声って抑揚たっぷりで、小学生の合唱コンクールみたいだな」と唐突にアタマの右上の方で思ったりする。
すると、心がだんだんと落ち着いていき、流された涙によって、心の中に詰まっている感情が洗い流されていくように感じる。
そして、この映画を見終わると、思いわずらうことなく、生きたいように生きなさいと、背中をおされたような、心が明るく、軽くなったような気がしたのだった。