非正規労働者めぐろくみこのブログ

非正規労働者が日々感じていることを書いたログです。

タックスヘイブン 橘玲

パナマ文書」が問題になっていた。

パナマのモサック・フォセンカ法律事務所で作成された一連の機密文書のこと。
文書は1970年代から作成されたタックス・ヘイブンを利用した企業や個人情報のリストだ。
アメリカの名前があまり載っていないとか、タックスヘイブンに関与しているのは大部分はイギリスだとか、たしか今週号のAERA佐藤優池上彰が対談して言っていたな。
タックスヘイブンは、租税回避地と呼ばれ、法人税所得税、資産税がないか、実効税率が著しく低い国や地域のことを言う。
具体的には、香港やシンガポール、スイスなどがあげられる。

5月10日にネット上で公開され、リストには日本を代表する企業名や、大企業の創業者一族の名前や、財務省官僚7名も名を連ねていた。
日本政府はこのパナマ文書をあまり問題視していないのはなぜだろう。
試算すると、日本でも税収が5兆とか6兆の税金が取りっぱぐれているらしい。

気がつけば、もう6月になってしまった。
少し前になるが、そんなパナマ文書が話題になっていた時、橘玲の「タックスヘイブン」という小説が出版されていたんである。

この小説は、高校卒業後、ずっと音信不通だった紫帆から夫の北川がシンガポールで急死したので、シンガポールに同行してほしいとクラスメイトだった牧島に電話をかけてきたところから始まる。
北川の死は、果たして自殺なのか他殺なのか。
そして、この北川の死を発端として、牧島はかつてのクラスメイト、古波藏とも再会する。

この3人は高校時代、地方の進学校に通い、当時は3人でいつもつるんで遊んでいた仲間だった。

高校卒業後、紫帆は地元の大学に進み、北川と結婚した。
一方牧島は東京の私大に進学し、大手企業に就職するが、学生時代から集団生活が苦手で、そのため会社生活にもなじめず、会社を辞めて、年収300万の英文の翻訳者となる。
そして、古波藏は地方の国立大を卒業後、外資系の銀行に就職するが、バブル崩壊後、会社を辞め、その金融知識を生かし、裏の世界に通じ、海外との金融関係のトラブルの解決やタックスヘイブンの手引きをするようになる。

北川の口座は、シンガポール支店の名門スイスSG銀行の口座である。
その履歴が北側のノートパソコンに残され、その口座の解明をめぐってかつてのクラスメイト達が事件に巻き込まれていくのだ。
口座の履歴を追ううちに、その背後には日本の大物政治家や裏社会のタックスヘイブンを利用したマネーロンダリングの実情が明らかになる。
細かいことや内容は書かないが、そのストーリーが息つく間もなく一気に読ませ、とにかく面白い。
この小説を読み進むうちにタックスヘイブンとは何か、そして複雑な国際金融のシステムやシンガポール、韓国、マレーシア、ミャンマー、スイス、北朝鮮などの国の政情、歴史、経済などがストーリーに絡めて説明される。
この小説はミステリー小説とも読め、さらに国際金融小説とも読めるが、自分の欠けている知識や情報を知ることのできる読書の知の楽しみを堪能できる小説でもある。

事件の真相がだんだん明らかになってくると、この事件の周辺にいた人たちが次々と殺されていく。
牧島はそれが怖くなってきて、古波藏に言う。
「僕は今でも君を信じていいのか?」
「このゲームでは、お前は俺以外に信用できる人間はいない。」

すると古波藏は、
「ゲームは始まっているから、生き延びるにはゲームを共有し、相手より先に行くしかない」と言う。

この小説のカギを握っているのは誰なのか。

詳しい小説の内容はここでは書かないが、興味のある方はぜひ読んでほしい。
とにかく一気に読ませる面白い小説だ。

ただ、難点がないわけではない。
たとえば、シンガポールで北川の死に立ち合うシンガポールの下っ端警官のアイリスの描き方がご都合主義的なところ。
そして、紫帆の経歴は過不足なく説明されるが、その背景や内面、生い立ちなどは描かれていない。
そこが物足りない。
ところがこの小説の中心人物である古波藏、紫帆、そして牧島は、経歴は描かれていても生い立ちや内面までは描かれていないんである。
唯一生い立ちが語られるのは、60過ぎの貧相な体をした在日の柳だけなのだ。
少し、種明かしをすると、この物語の中心は脱北者で公安と北朝鮮の二重スパイである柳である。

橘玲はなぜ古波藏、紫帆、牧島を中心にした小説を書いたのだろう。

牧島は将来の幹部候補生の道を捨てて会社を辞め、「競争社会から降りて」しまう。

また、紫帆は一見男を利用して生きているように見えるが、その実その時その時で、自分が誰を選べばいいかを冷静に判断している。
それは、男から選ばれる存在ではなく、自分から男を選んでいるからに他ならない。

古波藏は、社会のルールや規範から外れた裏社会で生きる道を選んだ。
「ゲームに勝たなければ意味がない。」が、ゲームに勝つだけが人生ではない。
本当に大切なものはなんなのか、古波藏は実はそれがよくわかっている。

この3人は、自分で問題を探すことができる、あるいは問題を解決することを知っている人たちだ。
それがたとえ社会のレールや規範から外れていたとしても。

それは作者が社会のレールに乗ることだけが人生ではないと、若い人たちにエールを送るために書かれた小説だからではないかと思う。

国をまたいでタックスヘイブンの地で資産を運用することは合法である。
しかし、その税制によってさらに格差が拡大していくことに、経済学者が警鐘を鳴らしている。
そして、その背後に犯罪が絡んだり、過激派組織や国家レベルで資産をとしてプールされ、莫大な資産を運用しているのではないかと言われている。
それは、まわりまわって私たちの生活を脅かされることになるかもしれない。

今の時代は、私たちが思っている以上に混とんとした複雑な世界を生きている、それに気づかされる小説でもある。